珈琲時光

MOVIXさいたま
一人で


フリーライターの陽子(一青窈)は、生みの母が台湾人で、日本と台湾を行き来している。
高崎で暮らす実の父(小林稔侍)と義理の母(余貴美子)とはいい関係だ。
古書店の二代目、肇(浅野忠信)とは親しく付き合っており、台湾の音楽家、江文也の資料も探してくれた。
肇は陽子に思いを寄せているが、その気持ちを伝えられない。
ある日陽子は、自分が妊娠していることを高崎の両親に告げる。相手は台湾の男性で、陽子はひとりで産むつもりだ。
日々は穏やかに過ぎ、陽子は、自分を思う人々の優しさに包まれていた。


☆★☆★☆★☆★



何故か心に引っかかり、もう一度あの作品の中に戻りたいと思わせる映画でした。

あたしはこの作品を観ている時、行ったこともない台北の街(写真でしか知らない)を見ているような錯覚を起こしてしまい、
画面の中の「ひらがな」を見て、“ああ、日本を映しているんだ。”と我に返ることが何度もありました。
この作品の中には、何の揺るぎもなく侯孝賢監督の視線が存在し、それは、今までと同じように暖かく寛容な視線でした。

一見平凡に見える人々の中の非凡。
惑いや悩みを抱えながら生きる人々の強さと優しさ。
言葉を超えたところで分かり合い、支えあう家族。

人は、人との関わりの中で生きてゆく。
そして、それがあるからこそ生きてゆけるのだということを、侯孝賢監督がこの作品で、とても穏やかに語っているような気がしました。

東京を走る電車は、まるで虫のようだけれど、あの中には乗客の数だけ人生が詰っているのだなあ。
刺激的な東京は好きだけれど、ダーティな東京は嫌いだったあたしに、優しい東京を教えてくれる侯孝賢監督の作品でした。

好き嫌いは分かれるでしょうね。
陽子の「妊娠」についてこの先どうなるか、などの解決はないし。
だから、そういうオチがちゃんとついてない映画が嫌いな人は「つまらん」ってなっちゃうでしょうし。

あたしにはあの「優しい日常」という空間に自分の身を置けたことが本当に気持ち良かった。
たとえそれがスクリーンの中でのことではあっても、その時間だけは嫌なことも全部忘れさせてくれたから、なんですけどもね。